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30年ぶりのニュージーランド

なんと30年振りのニュージーランド(NZ)。

30数年前の学生時代に1年半ウエリントンに滞在し、北から南までヒッチハイクで旅行した経験があります。

その後トプトレに入社し、程なく仕事でNZに行ったのが30年前(年がわかってしまいますね・・・)。

今回は、我が社の取引先である
クオリティ・フーズ・サウスランド社(QFS社)の110周年記念式典に招待を受けて行って来ました。

開業当時に使われていた配達用のバイク

QFS社は1900年にNZの最南端の街であるインヴァーカーギルにアニーC.ミラー女史がパン屋とカフェを開いたのが始まりとされています。そして私が入社した頃である30年前にこのQFS社(当時はミラーレンジ社という名前でした。)から冷凍パイ生地の輸入を始めたのがトプトレとの関係のはじまりです。

今でこそスーパーの冷凍食品コーナーでも見かけることができますが当時日本で冷凍のパイ生地はほとんどなく、なんとこの時の輸入が日本初の冷凍パイ生地の上陸でした。

それ以来、QFS社とトプトレは長い取引関係を保っており今日に至っています。


インバカーギルはNZ最南端の5万人の農業、酪農が盛んな町です。

本来、曜日によって直行便が飛んでいるのですが、私の場合、関空20:20発―ゴールドコースト→ オークランド→クライストチャーチ→インバカーギルと乗り継ぎ3回もして、翌日の19:35着という丸1日かかっての到着でした。

翌日は午前中からQFS社へ。

NZ最南端の町インバーカーギルに位置するQFS社

続々と前社長や工場長、スタッフ、取引業者が来場。途中、なんと現市長も来られ、光栄なことに一緒に工場見学をしました。何でも近々、市長選があるらしく、工場スタッフに取っておきの笑顔を振り撒いていました。工場で生産されていた中のひとつは冷凍パイ生地。ご存知の方も多いと思いますがパイ生地はバターと小麦粉の層を何層にも重ねて作られるのですが、私が30年前にみた光景とは様変わりしていました。

最新鋭の機械でどんどんと
折られていくパイ生地に圧巻!

手作業でバターを折り込んでいた当時とは違い、最新の設備を駆使した大規模な生産ラインでバターと小麦粉の生地がパタパタと折られていました。トップトレーディングのパイ生地が徹底した品質管理と安定した品質で日本のお客様からも高く評価をいただいている理由がわかりました。

午後からはアフタヌーンティーでのセレモニーです。

創業者であるミラー女史をはじめ当時の写真をあしらった
ケーキのカットでセレモニーは幕を開けました。

のどかにおしゃべりを楽しむ
インバーカーギルの人々の気質は
30年前と変わりません。

夜は7時から食事会。ドリンク片手にスナックをつまみ、延々と歓談、メインディッシュが出て来たのはなんと2時間後、日本人である私としては「ホンとお喋り好きな紳士、淑女達だなぁ・・・。」と思いながら時間をもてあます感がありましたが、懐かしい顔ぶれもちらほらあり、楽しいひと時をすごしました。





帰り際、記念にQFS社からシルバーファーンを形どったクリスタルの置物が贈られました。

シルバーファーンはNZに自生するシダ植物で、その葉はキウイと同様にいろいろなNZのマークとして使われています。

ラグビーのオールブラックスのユニフォームにあしらわれている植物、といえばピンと来る方も多いのではないでしょうか。

このマークは「戦いの道しるべ」であり「前に進むことの象徴」であるとされており、QFS社の変わりない前進と革新への意欲を感じました。(ただこの置物、そうとう重かったので持ち帰るのには苦労しました…)

帰国前日は北部にあるNZ最大の都市「帆の町」オークランド泊。30年前と比べ、スカイタワーや高層ビルが林立していてダイナミックに様変わりしているのに驚かされました。ハーバーサイドのお洒落なダイニングとして地元でも絶大な人気を誇り、シーフードやフュージョン料理のレストラン「Cin Cin on Quay チン・チン・オン・キー」でピノノワールを戴きながらブラフオイスター、ラム料理に舌鼓を打ち至福の時間を過ごしました。

「アオテアロア=白くて長い雲の国」から帰国した途端、現実に戻され、仕事漬けの毎日を送っています。

記事:N島さん

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